『琉球国由来記』には、1年おきに国王が知念玉城を親拝すること、東方へ巡幸しない場合は、弁ヶ嶽の遥拝所で遥拝したことが記されている。その順路についての詳述はないものの、現資料を総合的に検討してみると、首里を出ると南風原を通過して大里(現与那原)にいたり、さらに東方(あがりかた)の知念・玉城の聖地を巡拝し、首里にもどるコースとなっている。
園比屋武御嶽→与那原親川→佐敷馬天御嶽→佐敷上グスク→知念ティダ御川→斎場御嶽→知念グスク→知念大川→アイハンタ御嶽→薮薩御嶽→浜川ヤハラ司・潮花司→浜川受水・走水→玉城グスク
なお、国王の東方巡拝を基本としたとされる民間の東御廻りだが、玉城の仲村渠ミントゥン、志堅原のジン川などが加わり、さらに門中によっては独自の巡拝ルートが設定されたようである。
〔次回 4月6日|園比屋武御嶽〕
東御廻りの順路
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