しきたりで見る沖縄のスーコー事情

悲しいことに「スーコー」ということばも、若い人たちにとっては聞きなれない「昔ことば」の一つになったようだ。 葬式から始まって、週忌(ナンカスーコー)、年忌(ニンチスーコー)までの一連の仏事をひっくるめて「スーコー」という。 仏事という仏教の形式をとり入れながらも、供養のし方から供えものまで、沖縄独特のしきたりが色こく残っている。それだから、すべて坊さんまかせにはできないのである。 あわてず、さわがず、あの世へ旅立つ人を送るために心構えをきちんとしておかなければいけない。 亡くなった人が「ウワイスーコー」(33年忌)の供養をうけて「カミ」の仲間入りを果たし、遺された子孫の守護霊となる日まで、その霊をなぐさめるのは遺されたものの務めとされている。 「死んだ人の霊は、生きているものの運命を左右する」という死者の魂に対する沖縄人の考え方が、「スーコー」という仏事のなかにまざまざと生きている。

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