味わい深い石敢當 その3

中国から久米村に伝えられた石敢當造立の習俗をいち早く取り入れたとされる首里には、新旧おりまぜた石敢當が数多く見られる。

旧松山御殿(首里桃原)の石垣塀の一角にきっちりはめ込まれた石敢當がある。中央正面を除いてはツル草におおわれ、文字の判読もままならないが、上部に記号らしきものが刻まれ、中央に三文字(右字)が彫られている。刻字は書家としても知られた尚順(尚泰王の四男)の筆になるものだということだが、堂々たる筆跡は今なお味わい深い。

首里当蔵の民家のT字路になっている角に、高さ1m強もある堂々とした細粒砂岩の石敢當がある。造立年代は不明だが「泰山」の文字が削り取られており、尚泰王即位(1848年)より前のものであろう。

首里石嶺の旧伊江殿内(現・伊江記念館)の庭園内には、高さ1mほどの琉球石灰岩の四角柱の石敢當がある。上部に「イ字点」、正面中央に「泰山石敢當」が刻まれている。
石敢當
〔次回 10月1日|シーサー〕

参考書籍:沖縄の魔よけとまじない

カテゴリー: 石敢當とシーサー | タグ: , , |

スポンサーリンク