第31回 ウマザキ(馬酒)

1900年代のはじめごろ(大正時代)まで、沖縄の農村地域では、シマの者どうしで結婚する(村内婚)のが当り前だとする考え方があった。 シマの娘がほかのシマの男性と結婚しようものなら、ウマザキ(地域によってはウマディマ〈馬手間〉とも)とよばれる制裁金を課せられた。 ウマザキは、シマの掟(村内法)に反する行為に対する制裁の意味がふくまれており、当然のこと、シマにとっては喜ばしいことではなかった。 シマから働き手が減るということばかりではなく、シマの秩序を乱すことにもなるからであった。 シマの娘のところへ忍んできたほかのシマの青年をまちぶせて、集団でたたきふせたとか、相手の男性ばかりでなく娘も同罪として罰したという話も伝わっている。また、シマのニーセー頭が娘たちの家を見廻り、他シマに遊び(モーアシビなど)に出かけていないかどうかを確認することもおこなわれたという。 ウマザキは、他シマへ娘を嫁がせた家がシマに納め、主として青年団の活動のための費用にあてられたという。もしウマザキを納めないと、青年団からひどい仕打ちをうけたり、村八分にされたりする場合もあったようだ。 ただ、裏を返すと、ウマザキさえ払えば、他シマの者との結婚も許されたということになる。 昭和に入り、婚域がシマ内から近隣のシマへとひろがり、村内結婚が減少し、ウマザキの風習もいつの間にかなくなってしまった。 〔次回 8月29日|第32回 サキムイ(酒盛りー婚約)〕

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