ユタ発生の謎その1

ふって湧いたように巻き起こり、知らず知らずのうちに沙汰止みになってしまうのが「ユタ論争」だ。 肯定派も否定派も、傍観しているだけの人も、こぞって「沖縄社会からユタはなくならない」という一点では意見は一致する。 この奇妙な現象は、今日でも変わらない。 困ったときの神頼み、当たるも八卦当たらぬも八卦程度の軽い気持ちならいざ知らず、ユタコーヤーの多くはもっと切実で深刻な問題をかかえているのがふつうである。 時として起こるユタコーヤーをも巻き込んだ騒動は、社会的関心をよび、大きな論争に発展するのだが、その一方ではユタ問題をタブー視する傾向が根強く、結局議論は深まらないまま、立ち消えになってしまう。 このように、今日に至るまで庶民の日常生活と深くかかわり、社会的影響を持ち続けているユタが、いつどのようないきさつで沖縄社会に誕生し、活動するようになったのか。 ユタの発生とその社会的役割を知ることは、「ユタそのもの」を理解するうえでとても重要なことである。肯定派、否定派にかかわらず興味あるテーマの一つであろう。 〔次回 2月6日|ユタ発生の謎その2 ノロが先かユタが先か〕

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