首里観音堂 その2

観音堂の創建にまつわる伝承として、薩摩に人質とされていた尚豊公(後の8代尚豊王ー1621~40年)の身を案じた父の尚久公の発願により建立されたと伝えられている。 尚豊公が無事に帰国を果たしたので、1618年に萬歳嶺の中腹に観音堂を建立し、その南に慈眼院を建てたとされている。1645年から国王の参詣が始まったといわれている。 守り本尊は千手観音・虚空蔵菩薩・普賢菩薩・勢至菩薩で、家内安全や旅御願、健康祈願に訪れる人が周年見られる。また、子・丑・寅・辰・巳・午年生まれの守り本尊としても信仰され、首里 … 続きを読む

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首里観音堂 その1

首里観音堂の建っているあたりは、かっては緑濃い嶺となっていて、萬歳嶺(バンザイレイ)とよばれていた。その名残をとどめているのが、境内の一隅に建立されている復元された「萬歳嶺記」である。 琉球松の古木が林立する嶺の中腹に首里観音堂が威風をみせていたようだが、沖縄戦で緑したたる嶺もその原型をとどめぬほど姿をかえてしまった。 「上り口説」(ヌブイクドゥチ)の歌にあるように、江戸上りの際には、ここ首里観音堂の前で旅の安全を祈願し、三重グスクで人びとに別れを告げ、薩摩へ向かうのが慣例となっていた。 これか … 続きを読む

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奥武観音堂 その2

17・8世紀ころ、遭難した中国船が島に漂着した。上陸をためらう乗組員の前に白衣の美女があらわれ手招きした。島民の手厚いもてなしを受けた乗組員は、船の修理を終え帰国することになった。そのとき「神さまの加護を願い、叶ったならば、仏さまをこの地に祀り、浄土しよう」と祈った。 無事帰国を果たした乗組員は、黄金の観音像一体と仏具一式を贈った。村人はお堂をつくり、観音像を安置した。 これが、観音堂の由来だという。祀られた観音像は代々にわたって島民の信仰の拠りどころとなり、島民の守護神として今日まで受け継がれ … 続きを読む

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奥武島観音堂 その1

本島と奥武島(南城市玉城)を結ぶ奥武島橋を渡ると、正面に住宅が軒を並べた一角に突き当たる。 その一角に、小広場となった境内に鳥居が建ち、赤がわらをのせたお堂が建っている。お堂につながる階段の両わきには石灯ろうが並んでいる。その中には、1812年の銘のあるものも残されている。 観音堂巡りの際には参拝者が多く訪れるが、日頃はいたって静かなたたずまいを見せている。 旧暦の5月4日のユッカヌヒーに催される「ハーリー」は盛大である。古式を今に伝えるハーリー行事ファンは意外なほど多い。 一年間の航海安全と豊 … 続きを読む

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嘉手苅の観音堂 その2

旧暦の9月の神拝みのころになると、他地域からの参詣者がひきもきらず訪れるが、周年参拝者が見られる。 観音を移す際に、按司はその維持費に充当するために嘉手苅の根人に水田を与え、集落の人びとは田芋の獲れる田もつけ加えたと伝えられている。水田は「ウブク田」と呼称され、祭りのときにはこの田で獲れた米で「ウブク」をつくり田芋とともに仏前にそなえ、人びとに配ったという。 子孫繁栄と家族の健康祈願に参詣する人が中心だが、近年、中部地域のパワースポットの一つとして訪れる若い人の姿も見られるようになったようだ。 … 続きを読む

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嘉手苅の観音堂 その1

石川バイパス沿いの嘉手苅集落入口ふきんに古屋敷然とした境内に赤がわらをのせたお堂が目につく。 その昔、金武の福蔵(現福花)に漂着した僧が、伊波グスクを拠点としていた五代目伊波按司に勧めてつくらせたと伝わるのが「嘉手苅の観音堂」である。一説には漂着した僧は金武観音堂を創建した日秀上人だとされているが真偽のほどは分からない。創建年代も不明。 創建当時は伊波ノロ殿内の西隣(現田場小学校後方)にあったが、二度の火災にあい、現在地に移されたという。 現在見る赤がわらのお堂は、戦前まであった土台の上に再建( … 続きを読む

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宮城のウクヮンニン その2

その昔、喜屋原神女が神のお告げによって大木が漂着するのを知る。集落の人総出で大木をひきあげようとするも、ピクリとも動かない。喜屋原神女がいうことには、仲泊神女が大木に乗って音頭をとらぬかぎり木は動かないのだと。果たして、仲泊神女が音頭をとると大木が動き、陸にあげることができた。ひきあげた大木で現在地に神殿をつくり、守護神とした。 これが宮城ウクヮンニンの縁起である。 現在、生まれた子のすこやかな成長を願う「子育て祈願」に訪れる人も多いが、病弱な子をもつ家族、親との合性がよくないと判断された家族な … 続きを読む

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宮城のウクヮンニン その1

 地元では通称「カミヤーグヮー」あるいは「観音堂」と呼ばれ、宮城区民の守護神が祀られているのが「宮城のウクヮンニン」である。内部のむかって左側が「火の神」、右側が「ウクヮンニン」を拝むところとされている。  与那城の宮城集落の高台に位置する公民館入口に「宮城御殿」の銘の刻まれた鳥居が建ち、その奥に赤がわら屋根の美しい拝殿がある。  ウクヮンニンには、もともと観音像が飾られていたというのだが、盗難にあい現在その像はない。  旧暦の1月18日の「十八夜拝み」には集落住民も参加する「ウクヮンニン拝み」 … 続きを読む

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喜名の観音堂 その2

お堂の建立以来つづけられてきた観音祭(旧暦の9月18日)は今なお継承されており、9月中には他地域からも多くの人が訪れ、観音堂拝みをする姿が見られる。 観音堂の西側には、土帝君を祀った石づくりの祠がある。「チュクイムジクイ」(農作物)の神さまだとして今なお人びとが信仰を寄せている。 祠の中には土帝君像が安置されていたようだが、これまた戦争のさ中に消失してしまったという。 参拝者の多くは、子孫繁栄と家族の健康を祈願している。 観音堂、土帝君の所在する「喜名児童公園」はパワースポットとしても人気が高い … 続きを読む

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喜名の観音堂 その1

1841年に金武の観音堂より千手観音を勧請して建立されたのが、読谷村喜名の喜名児童公園内にある「喜名の観音堂」である。 創建当時、観音堂の建つ境内はリュウキュウマツの大木が林立して、拝所にふさわしい厳かな雰囲気に包まれていたという。そして、瓦葺きのお堂のまわりに石が積み回され、中に千手観音像が祀られていたようだ。 沖縄的な趣きをたたえていたであろうお堂も時代とともに老朽化がすすみ、1964年に現在見られるようなセメント造りに改築された。古くから安置されていた観音像も、戦争のどさくさの中で行方知ら … 続きを読む

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