沖縄の合格祈願
合格祈願に詣でるところといえば全国的に見れば「天満宮」ということになろうか。すぐれた学者であったところから、後になって学問の神さまとして信仰されるようになった菅原道真と特にかかわりが深いとされる「太宰府天満宮」、「北野天満宮」、「大阪天満宮」、「防府天満宮」は合格祈願のメッカといえよう。 沖縄には天満宮はないが、古くから受験生が合格祈願に訪れていたのは久米至聖廟内にある「大成殿」である。 復帰以後は、本土式習俗の定着も見られるようになったが、合格祈願もその一つといえよう。高校・大学受験をひかえた … 続きを読む
参考書籍:沖縄の聖地
瀬底の土帝君
瀬底大橋から直線的に延びる島のメインストリート沿いにある公民館の背後、民家の建ち並ぶ一角に、ぐるりに石垣を積み回し、老木が目につく広場がある。その中に赤がわらの本殿がある。 沖縄の土帝君を祀った祠の中で、もっとも規模が大きく、全島各地から祈願者の訪れる「瀬底の土帝君」である。 沖縄では、土帝君といえば、ほとんどの地域で「チュクイムジュクイの神」(農業神、豊作の神)として信仰されている。その関連もあって「ンム」(甘藷)の神として信仰しているところも散見され、村の繁栄や守り神、家庭の幸福などにご利益 … 続きを読む
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白銀堂
糸満市にある「白銀堂」は、もともとは海神を祀った御嶽である。本来の名称は「ヨリアゲノ御嶽」といい、豊漁や航海安全祈願はもとより、村人の健康祈願、ハーリーや御願解きなどの行事の際に拝まれていた。後になって白銀堂と呼称されるようになり、全島的に知られるようになった。 1933年に霊石とされる大岩に接続して拝殿が築かれた。 白銀堂にまつわる伝説はよく知られており、ここでは割愛するが、伝説の中で主人公の美殿がかくれていたとされる岩を白銀岩(しろがねいわ)とよび、神います聖所として人びとが崇拝するようにな … 続きを読む
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弁財天堂 その2
再建された経堂に弁財天女像が安置されるようになると、王城の公式の行事として国王も参詣するようになり、9月7日の弁財天講(弁財天を拝む行事)には庶民も参詣したとされている。 その後、像が破損したこともあって、1685年に薩摩から新しい像がもたらされ、参詣者もふえたようだが、今次大戦でお堂もろとも消失し、現在見られるお堂は1968年に復元されたもので像は安置されていない。それでも参詣者が途絶えることはない。 ちなみに本土では、江戸時代になって縁日である巳の日に弁財天をお参りし、お札をもらうと財産を得 … 続きを読む
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弁財天堂
赤がわらの屋根の上に宝珠の玉を乗せ、円鑑池の中央に建っているのが「弁財天堂」である。 1502年、国王尚真(1477〜1526年)は、円覚寺の前に円鑑池をつくり、その中に経堂を立てて蔵経を納める。ところが1609年の島津の侵攻により堂は破壊され、納められていた蔵経も散逸する。 1622年に破壊された経堂を再建し、弁財天女像を安置する。 弁財天のルーツはインドの弁才天で水の神・学芸・知恵の神として信仰されたようだが、日本に伝えられて「七福神」に加えられたという。ふつう弁財天は琵琶を弾く妖艶な姿で描 … 続きを読む
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久米至聖廟
財神や商売繁昌の神としても信仰されてきた「関帝」を祀っているのが、那覇市若狭にある「久米至聖廟」(孔子廟とも)である。 首里・那覇あたりでは「ジングトゥ」(金銭にまつわること)であれば、いつでも「関帝」を拝んだといわれるほど、商売人はもとより一般市民も「商売の神あるいは金銭の神」として信仰を寄せていたようだ。 国を守り民を助ける道教の神を祀った天尊廟内には正面に本尊として道教の最高の雷神とされる「天尊」、右の壇に「関帝」、左の壇には水を治める神でもある「龍王」が祀られている。 関帝は、中国の三国 … 続きを読む
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商売繁昌祈願
本土では、年の初めに福徳を願って七福神を巡拝する「七福神参り」という習俗がある。沖縄にはこのような習俗はないのだが、商売繁昌を祈願する伝統的な拝所がある。その代表格が「武神・財神」として民間でも信仰されてきた「関帝」を祀った「久米至聖廟」であろう。 また七福神のうち、沖縄でも古くからなじみの深かった「弁財天」を祀った「弁財天堂」も人びとが信仰を寄せてきた拝所の一つである。 ミトゥクルヌカミ(三所の神)として一般家庭で信仰されてきたとされる「福禄寿」は、那覇あたりでは「子ウェーキ、銭ウェーキ、命ウ … 続きを読む
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久場川のビジュル
首里中学校の背後にある無線の中継所の鉄塔近くの住宅地に、リュウキュウマツの目立つ広場がある。広場は「ビンヅルモー」とよばれ、奥まったところに家型の小ぶりな祠が建っている。 祠の中に「賓頭慮様」と刻まれた石碑が安置されている。 かっては、旧暦の9月9日には例祭が営まれ、久場川集落の人は九年母とまんじゅう、汀志良次集落の人は竹ぼうきと赤ウブクをそなえ「旅御願」と「子育て祈願」を行っていたという。 先回紹介した安謝のビジュル同様に、女の子を美しく育ててくれる霊力が宿っているとされ、「子育て祈願」に訪れ … 続きを読む
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安謝のビジュル
安謝の住宅のたてこむ一角にセメントづくりの台座の上に家型の祠を立て、その前にウコール一基を安置した拝所がある。 沖縄戦で消失した霊石のかわりに新しく仕立てた石に「美鶴」の文字を刻み、女の子を美しく育ててくれる神霊が宿るとして地域の人びとが信仰を寄せている「安謝のビジュル」である。 旧暦の9月ともなると、地域住民はもとより他地域からも生まれた子の誕生報告と健やかな成長を願う「子育て祈願」に訪れる人の姿が見られる。 男子は長じて働き者に、女子は機織りが上手で美しく育つようにと布や竹ぼうきを供える風習 … 続きを読む
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喜屋武のフトゥキヌメー
南風原文化センター敷地内に、背後にひかえる緑濃い森にむかう「飯上げの道」とよばれている石段がある。 石段を登りつめた先に「仏ぬ前」と刻銘された石碑の建つ小広場があり、左手の奥まったところに石づくりの小祠が見えている。祠の中に球型のめずらしい形をした霊石が一体祀られており、手前にはウコール一基が安置されている。地元で「フトゥキヌメー」とよばれている拝所である。 旧暦の9月9日には「クガニのニンゲー」(黄金の願い)と呼ばれる家単位の拝みが現在でも行われている。その昔は「テラウグヮン」(寺御願)と称し … 続きを読む
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